やったー!ジャンプ界のレジェンド、葛西紀明選手がW杯ジャンプに個人最多570試合&51歳で史上初のポイント獲得!
ジャンプ界のレジェンド、葛西紀明選手が自身の持つギネス記録、W杯ジャンプ個人通算出場と570試合と5シーズンぶりに上位30位に入りポイントゲット。51歳にして、世界の一線級で戦ってます!大パチパチ!もしかすると、W杯遠征組に返り咲きもありそうです・・・・チバリヨー!


ゴルフ友達でもある、葛西選手を初めて撮影したのが、35年?36年?前ぐらい、彼が中学生で大倉山シャンツェです。その当時は、100メートルを越えるジャンプをできるのは一部のトップクラスジャンパーしかいませんでした。
大会名は、忘れましたが葛西選手は中学生でテストジャンパーでいきなり100メートル越え、試合より当時は中学生が100メートル越えのジャンプをして、関係者はスーパー中学生ジャンパーと大騒ぎで、その大会の優勝者よりも中学生の葛西選手が記事のメインになりました。
当時のカメラはニコン一眼レフカメラでF3Pだったかな?白黒フイルムの36枚撮りなので、次々に、飛ぶ選手を連射すると10人も撮れず、ジャンプは大量のフィルムを使います。普通はテストジャンパーはファインダーの中で追いますが、フィルムが勿体ないのでシャッターを切りません。
今と違って、オートフォーカスではなく、マニュアルピントです。テストジャンパーは飛距離も出ないので、飛行曲線も違い自分が狙っている撮影ポジションまで飛んできません。その時、中学生の葛西選手がファインダーに入って来たので、咄嗟にシャッターを切りました。
当然、試技の前のテストジャンパーを撮影しているカメラマンは居なく、中学生が100メートル越えのスーパージャンプを撮った自分だけでした。その後、全国中学、全国高校の大会のチャンピオンになって、当時オリンピック出場の秋元正博選手が所属しているで地崎工業入社。
地崎工業の後、移籍したマイカルのゴルフコンペにも、現している土屋ホームのゴルフコンペ、その後に開かれた、葛西選手が開催しているお誕生日コンペにも、自分は毎年参加していて、その時に北京五輪で金メダルを獲得した小林陵侑選手ともラウンドしました。
23-24ジャンプシーズンが終わって、陵侑選手は、土屋ホームから独立したので、たぶん沖縄の宮古島キャンプには来ませんが、今年の6月合宿の合間にやるゴルフに自分も行こうかな?札幌で、よくご飯を食べに行って、女子ジャンプの伊藤有季選手も宮古島で合宿しているし、ゴルフ友達の弟の将充くんも、マネージャーでいるので・・・。

